ばかあるき

発達障害と娯楽を持って

発達障害と上手に向き合う方法なんてない

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ども、おはこんばんちわ。ぴぃでございます。


これから書く内容はあくまで、ボク個人の感想なので全ての発達障害の方々に当てはまる物ではないと思いますし、気分を害することもあるかもしれませんが


ボクのように成人してからの発達障害で日々の生活に苦労をしてる人のちょっとした「発達障害で生きてく裏技」くらいにお役に立てたら良いなーなんて思っております。

 

はっきりって発達障害と向き合うのは無理

もうね、「発達障害」であろうとなかろうと


「ボク」は「ボク」、「あなた」は「あなた」なのです。

 
細かい事は下記に色々書きますが、


「発達障害だから」に いろいろな事を任せてしまうのはやめて

 

是非「発達障害と向き合うのは無理!」くらいの気持ちで


「発達障害のワタシ」という気持ちの名札は今すぐに捨てましょう。

 

三十路を過ぎての発達障害デビュー

 

ボクは発達障害を持ちながらクリエイト系のお仕事をしています。
メインのお仕事はパートナーとずっと二人で2012年からしています。

 

発達障害と診断されたのは多分1年半くらい前で、パートナーに3年くらい「ぴぃの生活とかやってることは全部異常だぞ!」と指摘され続け、怒られ続け、たまに泣いたりしつつ


「さすがにこりゃやべぇぞ!ボク死んじゃう!」と限界点に達したところで

 

「これ、なんかボク脳がバグってんじゃねーの?」

 

という疑問に達してGoogle先生に「頭 注意散漫」と質問してみたところ
「ADHD 発達障害」という言葉がガチャガチャ出てきました。

 

これがボクと『発達障害』というものの出会いです。

発達障害と診断。で、お決まりの安心と苦悩

「そうなったらもう病院に見てもらわねば!」


ということで、近くの成人の発達障害を診断してくれる心療内科にパートナーと一緒に診断してもらいにいったところ、もう満点に近いスコアをたたき出し見事、発達障害の認定を頂きました。

 

この時思ったことは、もうホントお決まりの
「あぁ!ボクがおかしかったんじゃないんだ!発達障害だったんだ!」というもの

 

 

 

だまらっしゃい!

 

 

 

 

確かに、追いつめられて、何をしていいか分からない毎日を過ごし不安で不安でしょうがなかった中で、唯一の希望のような病院の先生からの「発達障害」という言葉のハンコは、ボクの心に「ポンッ」と素敵な音をたてて押されました。

 

このハンコが一癖あるのです。

 

悪魔の囁く「発達障害だから」

この日から、ボクの生活には「アスペルガー症候群(AS)」と「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」の二つの新しい仲間が加わりました。

 

その後、晴れた心と共に「発達障害と向き合おう!」と思い
薬も服用し、発達障害の特徴などを調べ、自分になりに対策をしながら一年ほど頑張ってみました。

 

が、全くパートナーとの関係性や日々の生活は変わりませんでした。

 

正確に言うと変わってますよ。

 

薬のおかげで集中できるようになって忘れ物が減ったり
考え事をしても意識がちらない。
人の話が落ち着いて聞ける。
ビンボーゆすりもしない。

 

でも、それだけです。

 

一番大事な何かが変わらずそのまま、毎日が変わらない。

「発達障害だから」薬を飲んで
「発達障害だから」メモを取り
「発達障害だから」忘れ物をし
「発達障害だから」他の人と違うことをしてしまい
「発達障害だから」こんなにつらい毎日なんだ。

「発達障害だから」ボクはこんななんだ。

 

当時のボクは多分無意識に近い状態でこんな感じに考えていたと思います。

 

今思うと

 

うるせーよバカお前誰だよ!

 

ですね。ホント。

 

「発達障害だから」じゃなく「ボクはこうなのか」

発達障害の診断をされた方なら誰でも、病院で始めて「発達障害」と診断されたときに


「こんなになっていたのは発達障害だからだったんだ!」と安心したと思います。

 

確かに、ホントに心が救われたような気がします。マジで。
もう病院の先生が釈迦に見えちゃう勢い。

 

 

でも、みんな多分ここで色々なことを「発達障害だから」に投げちゃう。

 

薬を飲むのも
メモを取るのも
忘れ物をした時も
「あの偉人も発達障害!」とか言う本を見かけて期待してしまう自分の才能も
大事な人と会話する時に聞き逃した言葉も
母親の命日すら忘れてしまうことも

 

無意識に心のどこかで「発達障害だから」に投げちゃう。

 

向き合うのは「発達障害」じゃなく「自分」

「発達障害だから」薬を飲むんじゃなくて
「ボク」の大切な物は何か。そのために飲むのかどうか。

「発達障害だから」メモを取るんじゃなくて
「ボク」が忘れたくないものを書き留める。

「発達障害だから」他の人と違うことをしてしまうんじゃなくて
「ボク」が「ボク」であるために今これをしている。

「発達障害だから」こんなにつらい毎日なんじゃなくて
「ボク」が「ボク」を見ていないからつらいんだ。

 

「これがボクなんだ」ということを認める、考えることが大事だとこの一年半でボクは学びました。

 

パートナーにも言われましたが

「発達障害であろうとなかろうと忘れ物をしたら、忘れ物をしたという事実はかわらないし、そこで起きているトラブルは変わらない」んです。

 

「発達障害でまたわすれてしまったー!」ってなるより
「この状態をどうしたらいいべか、どうしたら今より良くなるんだべ」ってなれるように、自分のことを「これがボクなんだ」って認めることが大事。

 

次回以降も発達障害には触れていく機会が多いと思いますが、

ボクと同じ発達障害でお悩みだったりする方は

 

是非、「発達障害のワタシ」という気持ちの名札は今すぐに捨ててください。

 

「発達障害」を知ることはスゴい大事ですが、

「発達障害」にばかり向かい合わず、ご自身と向かい合ってみてください。